ジッポー

 ジッポー・ライターは、1932年、ペンシルバニアに住む機械工ジョージ・グラント・ブレイズデルのセンスと発明の才能によって製作された。この、風防付きのライターを“ジッポー”と名づけたのは、彼が“ジッパー”という言葉を好きだったからだという。
 彼は、ペンシルバニアのブラッドフォードにある、ガソリンスタンドの上の小さな部屋を1月10ドルで借りて店を開き、ハンダづけ用のガス・ホットプレート、ハンド・パンチ・プレス、スポット溶液セット、使い古しのモータなど、しめて260ドルで道具を買い、仕事を始める。
 当初は、まったく売れず、苦労したが、4年後に初めて利益を上げたという。また、景品用に発注会社のマークを刻印するという販売方法が当たったことも、今日に至る幸運だったようだ。
 けれど、一番の幸いは、第2次世界大戦中、アメリカ政府が、ブレイズデルのジッポーを全生産量買い占めたことだ。すべてが目に見える構造で、故障することのない単純なジッポーは、他の壊れやすい自動点火式のライターよりも、軍隊の装備に適していたのが、その理由。当時、年間300万個を生産するまでに成長している。
 いまも、ジッポー・ライターは、いわゆる定番として、世界中で売れつづけ、“ジッパー”の発明家とは違って、“ジッポー”のブレイズデルは百万長者となった。
 ところで、このライターの製作者が、煙草を吸わない人物であることは、あまり知られていないらしい。



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