ラジオ・デイズ

 日本のラジオ放送は、大正14年、1925年の3月、社団法人東京中央放送局、現在のNHKの送信開始に始まる。
 同時にラジオドラマも誕生したが、聴覚だけの劇芸術という、未知の可能性に意欲的なあまり、一般の聴き手には難しい内容となり、大衆的な人気を得るまでには至らなかったという。
 しかし、戦時中には、ラジオは人々の必需品となっていた。大本営発表を聴くために、やがては空襲警報を知るために、そして天皇による終戦の告知もラジオによって行われた。
 そして、戦後。ラジオドラマには連続放送劇という大衆性を重視したジャンルが生まれ、大きな人気を呼ぶことになる。
 そんな昭和20年代半ばから、各家庭に普及したのが、5本の真空管を使った超感度スーパーヘテロダイン方式、通称5球スーパーラジオだった。とはいえ、その1号機の価格は4,000円。当時のサラリーマンの給与1月分以上している。
 昭和26年には、民間放送も開始され、映画スターを起用してのラジオドラマで、各局の競争も白熱化する。NHKの「君の名は」「笛吹童子」、ラジオ東京の「チャッカリ夫人とウッカリ夫人」「赤胴鈴之助」、ニッポン放送の「サザエさん」「少年探偵団」。
 その他にも、クイズ、街頭録音、スポーツ中継、コンサート中継と、いまとは比較にならないほどバラエティに富んだプログラムが組まれ、ラジオは黄金時代を迎える。
 けれど、それは決して長くつづくラジオ・デイズではなかった。  昭和28年に始まるテレビ放送に、やがて茶の間の主役の座を明け渡したのは、折から普及しはじめたトランジスタ・ラジオの登場にかさなっていた。もう、茶の間の箪笥の上に、あの懐かしいラジオは失われて久しい。



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