移動祝祭日

 「ムーヴァブル・フィースト」という言葉がある。これは、「子供の日」のように日の決まっている祭日に対して、「春分の日」のように年によって日の異なる祭日のことを指している。
 この「ムーヴァブル・フィースト」を原題に持つのが、アーネスト・ヘミングウェイの「移動祝祭日」という追想記だ。
 その由来は、「もし、きみが、幸運にも青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、それはきみについてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」という、ヘミングウェイ自身が友人に語った言葉にある。
 この追想記は、1957年から60年にかけて、主にキューバで書かれたが、その内容は、1921年から6年間を過ごしたパリの日々だった。年齢で示すと、60歳になった彼が、20代の頃を回想して書いた作品ということになる。
 禁酒法に支配されたアメリカを出て、古いヨーロッパの伝統に憧れを持って渡ったパリで、若きヘミングウェイはガートルード・スタイン、エズラ・パウンド、ジェイムズ・ジョイスらと親しみながら、文学修行時代を過ごした。フィッツジェラルドとの交友や、ロスト・ジェネレーションと呼ばれた青春の日々が、みずみずしい文章で描かれた「移動祝祭日」。
 ここでの彼は、タフでハードボイルドなパパ・ヘミングウェイとはいささか異なる、甘く哀しみさえ含んだ感傷的な側面を見せている。



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